東京高等裁判所 昭和28年(う)668号 判決
被告人 伊藤由治郎
〔抄 録〕
論旨第一点について。
自動車運転者がエンヂン配電機、警音機等の故障によつて自力で運転することの不可能となつた貨物自動車をワイヤロープ等によつて連結索引して貨物自動車を運転する場合においては、通常の自動車運転者としての注意義務を有するの外、進行方向の転換、速力の加減、通行中の人馬等とのすり違いや追越等については、特殊の状態にあるのであるから、特に事前において索引される自動車の運転者と危険な場合に備え予め運転上如何なる事態にも対処し得るように詳細な打合せをして置き、運転中においても常に密接な連絡を保ち、通行の人馬のある場合は、索引車の車体に遮られて右通行の人馬の側又は被索引車の側からは相互に見透しが困難であることが予想され、往々右通行の人馬において索引車の通過によつて最早や危険なきものと判断して被索引車の進路上に進出する虞も十分あるのであるから、これに対処するため索引車の車体上に看視者を置いて被索引車との連絡や通行人馬の看視並びにこれ等の者に対し注意を与える途を講ずるとか索引車や索引ロープ等に標識を附して通行人馬に警戒させる等の措置を講じ、殊に薄暮時及び夜間においてはその時の状況に応じ被索引車の前照燈を点燈して被索引車の存在することの発見を容易ならしめる措置を講じ、更に通行道路が狹隘でありすり違いの人馬等のある場合には極力減速して何時にても急停車し危害の発生を未然に防止し得るよう臨機応変の措置を講ずべき義務のあることは多言を要しないところであつて、このことは記録に現われている原審証人小林武雄及び江口治一の各尋問調書の供述記載、戸川二郎、石川武一(原判決が証拠として掲げている石川武の回答書とは石川武一のそれの誤記であると認められる。)小林武雄、江口治一各作成名義の新発田検察庁高橋検察官宛の書面、高橋広伊作成の新発田検察庁宛の回答書の各記載によつても明瞭に窺えるところである。ところで原判決の挙示した証拠によれば、普通自動車運転免許証を有する被告人は、昭和二十六年三月十九日午後五時十分頃新潟県北蒲原郡安田村大字小浮において自己の運転する車輛の幅二、一九メートルの新第八二二九号貨物自動車(以下前車と略称する。)尾部進行方向に向つて右側からエンヂン配電機警音機等の故障により自力運転不能となつた車輛の幅前同様の新第八、〇二〇号貨物自動車(以下後車と略称する。)の前頭部同様左側にかけ長さ三、九五メートルのワイヤーロープで連結牽引し、前車助手席には山田昌一、川崎正雄を車台上には高橋門一郎を、後車を白勢直行が運転しその助手席には古山勇、古婦山宗夫を車台上には池田栄一を、それぞれのせ唯白勢に対して「カーブのところはゆつくり行く」「危険物と逢つたらブレーキをかけてくれ、そうすればすぐとめる」等と連絡打ち合せたのみで進行方向の転換、速力の加減、通行人馬等とのすり違いや追越等の場合に対処する詳細な打ち合せ等もしないで又助手席や車台上にいる者に対し後車との連絡通行人馬等の看視、注意を与える方法等の依頼打合等もしないで且つ、牽引ロープ等に何らの標識をも附せず後車の前照燈を点燈しない儘出発し大体時速約十五キロメートルの速度で同村大字保田及び同郡堀越村大字堀越を経て同郡水原町方面に通ずる県道上を進行し、同日午後五時三十分頃同郡分田村大字寺社六千二百六十番地先にさしかかつた。同所は大体有効幅員約四メートル前後であり多少の凸凹ありほぼ直線に近い小さいカーブの存する蛇行状の道路であり左右に視界を妨げるものもない所であり、当時は東風あり(被告人の進行方向は略北であり左側が西、右側が東に当る)薄暮時であり、未だ人の顏の見分けがつかない程暗くはなかつたがみぞれが降つていた。
そこで被告人は前方約七十八メートル先にマントを着て自転車に乗車、進行して来る被害者渡辺知郎(当時五十四年)を発見し更に約三十四メートル進行した上警音機を鳴らし注意を与えた、被告人はこれによつて被害者が自動車の進行に気づき左側に避けるものと信じ自己のハンドルをやや左に切りこれによつて道路の幅員約四メートル存すところから十分安全にすり違いうるものと軽信しその儘減速せず進行し、この間被告人以外の同乗者も或は仮睡したりしていて注意を払わず知らない間に前車を通過した。然るに被害者が後車の進行に気づかず前車の通過によつて最早や危険なしと判断して自己の自転車を後車の進路に近づけたためか或はその着用しているマントが偶々当時の東風のためハタハタしたためか後車の運転台直後の車台右側角にひつかけ巻き込まれたものと推認されるのであるが、同所に同人が衝突し転倒したところを後車右後輪が通過し同人をして頭蓋破裂骨折によつて即時同所で轢死するに至らしめた。被告人は勿論白勢直行その他の者はいずれも不注意にもこの事故を知らず唯そのうちの一、二人が同所でシヨツクを感じたが道路の凹凸のためとのみ思い意に介せず進行し同村寺社部落においてすり違いの馬車挽きからマントが後車にかかつていることを注意されて停車して取り調べたところ、後車の右側前車台下にマントがかかつていたことを始めて発見しその後本件事故の発生を知るに至つたことを認定することができるのである。右認定したところによれば、被告人は前車の運転者として故障した後車を牽引運転するに当つて冒頭に述べたような当然有する注意義務を懈怠した結果本件事故を惹起したものと認められその注意義務懈怠に因る刑責を免れ得ないこと勿論である。論旨はこの点について(一)本件の現場のような野中の一本道で人通りも殆んどなくしかもみぞれの降つていたところでは運転中前示看視人を終始前車の車体上に置かなければならない業務上の注意義務はない。(二)本件では未だ前方がよく見えた時であるから後車に前照燈をつける必要はない。(三)自動車運転者間では本件のような牽引の場合職業上ある程度の了解があるのは当然であつて、詳細の打ち合せを事前にしなければならない義務はない。(四)本件現場の有効幅員は約三、五メートル乃至四メートルで自動車と自転車乗りとのすり違いは相当困難ではあるが、かかる場合自転車乗りにおいて下車して避譲するのが普通であるから、特に被告人において極力減速して運転する義務はないから本件事故はむしろ被害者に過失があるか、又は被告人の警笛をききながら漫然運転を続けた後車の運転者に過失があるものであつて被告人には何らの注意義務の懈怠はない旨主張するのである。そこで(一)について、既に冒頭に説示したとおり前車に看視者をおくことが最も適切な措置でありこれによつて後車との連絡、通行の人馬に対する注意等を与える役割を負担せしめるのが最も安全な手段であつて現に本件において前示のとおり、前車後車とも運転台上には各合計三名宛の人がのつており特段の方法をとらなくても直ちにその任務を命じ得た筈であるにも拘らず被告人はこれ等の者に対し何ら敍上の措置を講ぜず放置したのであつて、ある者の如きは車上で仮睡しているのである。この点において前に説示したとおり被告人に注意義務の懈怠があるのである。(二)について、なる程本件事故発生当時は未だ通行人の顏が見分けられ通常の場合ならば未だ前照燈の点燈は必要がなかつたかも知れないが、本件現場はまさに薄暮どきしかもみぞれが降り多少の風の吹いている天候も良好とはいえない状況にあつたのであるから、後車に前照燈を点燈しておれば通行者は前車が通過しても未だこれに後車が続いて来ることを明瞭に覚知し得る筈である。従つてこのような場合は前車の運転者として万全の運転をするためには後車前照燈に点燈せしめることは適切な尽くすべき義務の一つであるからこれをしなかつた被告人には右注意義務の懈怠が存する。(三)について、常に一組となつて本件のように前車が後車を牽引することを常務とする自動車運転者であるならば所論のように職務上平素ある程度の了解があるべき筈であるから特に改めて詳細な打ち合せをしなければならないとまで義務づけなくともよいかも知れないが、本件はこれとは異なり偶然生じた後車の故障によりこの種牽引運転に経験の薄い被告人と白勢直行の間柄であるのだから運転前に詳細打ち合せをしておかねば不意の事故に対処できないのである。従つてこの意味において被告人に前示この点に関する注意義務の懈怠が存するのである。(四)について、本件におけるように自転車乗りとすり違いがやつと可能と思われる程度の広さの道路においては自転車乗りの方で予め降車して道傍に自動車の通過を待つのが最も安全な方法であることは所論のとおりである。けれども、自転車乗りの方で降車しないで道路の左側に避けながら進行し来るような場合には自転車乗りの動静に注意するとともに極力減速して何時にても急停車し得るように注意して自動車を運転すべき義務あることは当然であるのだから、減速しないでその儘時速約十五キロメートルの速度を続けて運転した被告人には右注意義務懈怠の責を免れない。又本件において被告人が前記のように尽すべき注意義務を怠つて被害者を死に致した以上、たとえ、所論のように被害者や後車の運転者であつた白勢直行において相当の注意をなせば被害者は安全に避難することができた事情が存したにしても被告人はその責を免れ得ないことは多言を要しないところである。
これを要するに原判決の判示する(一)の犯罪事実は前敍するところと全く同趣旨であつて、この事実は、原判決挙示の証拠により優にこれを認定でき記録を精査し当審でした事実の取調の結果を参酌しても右認定に過誤あることを発見できないし又事実関係にして右の如くである以上、被告人の所為は正しく刑法第二百十一条の犯罪を構成するや勿論であつて原判決の法令の適用にも何らの違法はない故論旨は、理由がない。